こんにちは、ひかりです。
今回は線形代数学から複素行列について解説していきます。
正則行列と逆行列について知りたい方は、前回の記事をご覧ください。
この記事では以下のことを紹介します。
- 複素行列とは何か?
- 複素共役行列について
- 複素行列における特別な行列について
複素行列の定義と演算
今までは成分が実数の行列について解説してきました。
これからは、その成分がすべて実数の行列のことを区別するために実行列とよぶことにします。
一方で、これから説明する行列は成分が複素数まで許した行列となります。その行列のことを複素行列とよびます。
\( A=\begin{pmatrix} 1+2i & 2 \\ 3i & 4+i \end{pmatrix} \) は複素行列である。
ここで、 \( i \) は虚数単位 \( i=\sqrt{-1} \) である。
複素行列に対しても、実行列と同様にして和とスカラー倍と積が定義されます。
適切な行列 \( A, B \) と複素数 \( k \) に対して、和とスカラー倍を次で定める。
$$ \text{和:} \quad A+B=\begin{pmatrix} a_{11}+b_{11} & a_{12}+b_{12} & \dots & a_{1n}+b_{1n} \\ a_{21}+b_{21} & a_{22}+b_{22} & \dots & a_{2n}+b_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{m1}+b_{m1} & a_{m2}+b_{m2} & \dots & a_{mn}+b_{mn} \end{pmatrix} $$
$$ \text{スカラー倍:} \quad kA=\begin{pmatrix} ka_{11} & ka_{12} & \dots & ka_{1n} \\ ka_{21} & ka_{22} & \dots & ka_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ ka_{m1} & ka_{m2} & \dots & ka_{mn} \end{pmatrix} $$
ここで、 \( c_{ij}=a_{i1}b_{1j}+a_{i2}b_{2j}+\dots +a_{im}b_{mj} \quad \) \( (i=1,2,\dots,\ell, \ j=1,2,\dots,n) \)
複素共役行列とその性質
では、複素行列特有の概念はあるのでしょうか?
その一つとして、複素共役行列があげられます。
複素共役とは、複素数 \( z=a+bi \) に対して、 \( \overline{z}=a-bi \) のことをいいます。
これをもとにして、複素共役行列を定義します。
複素行列
$$ A=\begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} & \dots & a_{1n} \\ a_{21} & a_{22} & \dots & a_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{m1} & a_{m2} & \dots & a_{mn} \end{pmatrix} $$
に対して、すべての成分に複素共役をとった行列
$$ \begin{pmatrix} \overline{a_{11}} & \overline{a_{12}} & \dots & \overline{a_{1n}} \\ \overline{a_{21}} & \overline{a_{22}} & \dots & \overline{a_{2n}} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ \overline{a_{m1}} & \overline{a_{m2}} & \dots & \overline{a_{mn}} \end{pmatrix} $$
を \( \overline{A} \) と表して \( A \) の複素共役行列といいます。
\( A=\begin{pmatrix} 1+2i & 3 & 4i \\ 3-2i & 2+i & 0 \end{pmatrix} \) と \( B=\begin{pmatrix} 1-i & 3+3i & 0 \\ 5 & -3i & 1+i \end{pmatrix} \) に対して、
$$ \overline{A}=\begin{pmatrix} 1-2i & 3 & -4i \\ 3+2i & 2-i & 0 \end{pmatrix} $$
$$ \overline{B}=\begin{pmatrix} 1+i & 3-3i & 0 \\ 5 & 3i & 1-i \end{pmatrix} $$
$$ \begin{align} \overline{A}+\overline{B}=&\begin{pmatrix} 1-2i+1+i & 3+3-3i & -4i+0 \\ 3+2i+5 & 2-i+3i & 0+1-i \end{pmatrix} \\ =&\begin{pmatrix} 2-i & 6-3i & -4i \\ 8+2i & 2+2i & 1-i \end{pmatrix} \end{align} $$
$$ \begin{align} 2iA=&\begin{pmatrix} 2i(1+2i) & 2i\times 3 & 2i\times 4i \\ 2i(3-2i) & 2i(2+i) & 2i\times 0 \end{pmatrix} \\ =&\begin{pmatrix} -4+2i & 6i & -8 \\ 4+6i & -2+4i & 0 \end{pmatrix} \end{align} $$
また、複素共役行列の性質は次のようになります。
複素行列 \( A, B \) と複素数 \( k \) に対して、次が成り立つ。
(1) \( \overline{A+B}=\overline{A}+\overline{B} \) (\( A+B \) の複素共役行列は \( A \) の複素共役行列と \( B \) の複素共役行列の和となる)
(2) \( \overline{kA}=\overline{k} \ \overline{A} \) (\( kA \) の複素共役行列は \( k \) の複素共役と \( A \) の複素共役行列のスカラー倍となる)
(3) \( \overline{AB}=\overline{A} \ \overline{B} \) (\( AB \) の複素共役行列は \( A \) の複素共役行列と \( B \) の複素共役行列の積となる)
(4) \( \overline{\overline{A}}=A \) (\( A \) の複素共役行列の複素共役行列はもとの \( A \) と等しい)
定理1の証明(気になる方だけクリックしてください)
(3)のみ示します。
(3) \( A \) を \( \ell\times m \) 行列、 \( B \) を \( m\times n \) 行列とします。つまり、
$$ A=\begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} & \dots & a_{1m} \\ a_{21} & a_{22} & \dots & a_{2m} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{\ell 1} & a_{\ell 2} & \dots & a_{\ell m} \end{pmatrix}, \ B=\begin{pmatrix} b_{11} & b_{12} & \dots & b_{1n} \\ b_{21} & b_{22} & \dots & b_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ b_{m1} & b_{m2} & \dots & b_{mn} \end{pmatrix} $$
このとき、
$$ \begin{align} \overline{A} \ \overline{B}&=\begin{pmatrix} \overline{a_{11}} & \overline{a_{12}} & \dots & \overline{a_{1m}} \\ \overline{a_{21}} & \overline{a_{22}} & \dots & \overline{a_{2m}} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ \overline{a_{\ell 1}} & \overline{a_{\ell 2}} & \dots & \overline{a_{\ell m}} \end{pmatrix}\begin{pmatrix} \overline{b_{11}} & \overline{b_{12}} & \dots & \overline{b_{1n}} \\ \overline{b_{21}} & \overline{b_{22}} & \dots & \overline{b_{2n}} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ \overline{b_{m1}} & \overline{b_{m2}} & \dots & \overline{b_{mn}} \end{pmatrix} \\ &=\begin{pmatrix} c_{11} & c_{12} & \dots & c_{1n} \\ c_{21} & c_{22} & \dots & c_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ c_{\ell 1} & c_{\ell 2} & \dots & c_{\ell n} \end{pmatrix} \end{align} $$
ここで、 \( c_{ij}=\overline{a_{i1}}\overline{b_{1j}}+\overline{a_{i2}}\overline{b_{2j}}+\dots +\overline{a_{im}}\overline{b_{mj}} \)
また、
$$ \begin{align} AB&=\begin{pmatrix} a_{11} & a_{12} & \dots & a_{1m} \\ a_{21} & a_{22} & \dots & a_{2m} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ a_{\ell 1} & a_{\ell 2} & \dots & a_{\ell m} \end{pmatrix}\begin{pmatrix} b_{11} & b_{12} & \dots & b_{1n} \\ b_{21} & b_{22} & \dots & b_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ b_{m1} & b_{m2} & \dots & b_{mn} \end{pmatrix} \\ &=\begin{pmatrix} d_{11} & d_{12} & \dots & d_{1n} \\ d_{21} & d_{22} & \dots & d_{2n} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ d_{\ell 1} & d_{\ell 2} & \dots & d_{\ell n} \end{pmatrix} \end{align} $$
とおくと、
$$ \begin{align} \overline{AB}=\begin{pmatrix} \overline{d_{11}} & \overline{d_{12}} & \dots & \overline{d_{1n}} \\ \overline{d_{21}} & \overline{d_{22}} & \dots & \overline{d_{2n}} \\ \vdots & \vdots & \ddots & \vdots \\ \overline{d_{\ell 1}} & \overline{d_{\ell 2}} & \dots & \overline{d_{\ell n}} \end{pmatrix} \end{align} $$
ここで、 \( d_{ij}=a_{i1}b_{1j}+a_{i2}b_{2j}+\dots +a_{im}b_{mj} \)
よって、任意の \( i,j \) に対して、
$$ \begin{align} \overline{d_{ij}}&=\overline{a_{i1}b_{1j}+a_{i2}b_{2j}+\dots +a_{im}b_{mj}} \\ &=\overline{a_{i1}}\overline{b_{1j}}+\overline{a_{i2}}\overline{b_{2j}}+\dots +\overline{a_{im}}\overline{b_{mj}}=c_{ij} \end{align} $$
したがって、\( \overline{AB}=\overline{A} \ \overline{B} \)
複素行列における特別な行列の名称
先ほど解説した複素共役行列に関して、いくつか特別な行列に名前がついているため紹介します。
複素行列 \( A \) に対して、 \( A \) の複素共役行列の転置行列 \( {}^t\overline{A} \) を \( A \) の随伴行列(ずいはんぎょうれつ)といい、 \( A^* \) と表します。
\( A=\begin{pmatrix} 1+2i & 3 & 4i \\ 3-2i & 2+i & 0 \end{pmatrix} \) に対して、
$$ \begin{align} A^*=&{}^t\begin{pmatrix} 1-2i & 3 & -4i \\ 3+2i & 2-i & 0 \end{pmatrix} \\ =&\begin{pmatrix} 1-2i & 3+2i \\ 3 & 2-i \\ -4i & 0 \end{pmatrix} \end{align} $$
随伴行列の性質について紹介します。
複素行列 \( A, B \) と複素数 \( k \) に対して、次が成り立つ。
(1) \( (A+B)^*=A^*+B^* \) (\( A+B \) の随伴行列は \( A \) の随伴行列と \( B \) の随伴行列の和となる)
(2) \( (kA)^*=\overline{k}A^* \) (\( kA \) の随伴行列は \( k \) の複素共役と \( A \) の随伴行列のスカラー倍となる)
(3) \( (AB)^*=B^*A^* \) (\( AB \) の随伴行列は \( B \) の随伴行列と \( A \) の随伴行列の積となる)
(4) \( (A^*)^*=A \) (\( A \) の随伴行列の随伴行列はもとの \( A \) と等しい)
定理2の証明(気になる方だけクリックしてください)
(3)のみ示します。
(3) \( A \) を \( \ell\times m \) 行列、 \( B \) を \( m\times n \) 行列とします。
$$ \begin{align} (AB)^*&={}^t(\overline{AB}) \\ &={}^t(\overline{A} \ \overline{B}) \quad (複素共役行列の性質(3)) \\ &={}^t\overline{B} \ {}^t\overline{A} \quad (線形代数学04の行列の演算と転置との性質(3)) \\ &=B^*A^* \end{align} $$
次にエルミート行列を紹介します。
正方行列 \( A \) が \( A^*=A \) をみたすとき、 \( A \) をエルミート行列といいます。
\( A=\begin{pmatrix} 3 & 2i \\ -2i & 0 \end{pmatrix} \) とすると、 \( \overline{A}=\begin{pmatrix} 3 & -2i \\ 2i & 0 \end{pmatrix} \) であるので、
$$ A^*={}^t\begin{pmatrix} 3 & -2i \\ 2i & 0 \end{pmatrix}=\begin{pmatrix} 3 & 2i \\ -2i & 0 \end{pmatrix}=A $$
よって、 \( A \) はエルミート行列である。
次にユニタリ行列を紹介します。
正方行列 \( A \) が \( AA^*=A^*A=E \) をみたすとき、 \( A \) をユニタリ行列といいます。
\( A=\begin{pmatrix} 0 & i \\ i & 0 \end{pmatrix} \) とすると、 \( A^*=\begin{pmatrix} 0 & -i \\ -i & 0 \end{pmatrix} \) なので、
$$ AA^*=\begin{pmatrix} 0 & i \\ i & 0 \end{pmatrix}\begin{pmatrix} 0 & -i \\ -i & 0 \end{pmatrix}=\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}=E $$
$$ A^*A=\begin{pmatrix} 0 & -i \\ -i & 0 \end{pmatrix}\begin{pmatrix} 0 & i \\ i & 0 \end{pmatrix}=\begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix}=E $$
よって、 \( A \) はユニタリ行列である。
今回はここまでです。お疲れ様でした。また次回にお会いしましょう。